アドラー心理学②〜劣等感を利用せよ〜

“オオタニ”
本日はアドラー心理学についてお伝えしていきます!

アドラー心理学は創始者のアルフレッド・アドラーの名前を取ってできたものであり、幸福・自由・対人関係などの様々なテーマを扱った心理学になります。

その中で今回は「劣等感」についてお伝えしていこうと思います。

ちなみに僕も昔は劣等感を持っていました。それは163センチの身長です。日本人の男性平均身長は170センチなので、それよりも低いということにものすごく劣等感を感じていました。

しかし今ではその劣等感も克服して、前向きに生きています。

そこで今回はなぜ劣等感が生まれてしまうのか? どのように劣等感を克服していくのか?ということについてしっかり解説していこうと思います。

 

なぜ人間は劣等感を抱くのか?

アドラー心理学

アドラーは「全ての悩みは対人関係の悩みである」ということを基本原理としています。劣等感もその例がではありません。

つまり

人間が劣等感を抱く理由はズバリ、対人関係で傷つかないようにするためです。

目的論的に考えると、「自分を好きにならない」という目的が先にあり、そのために「自分の長所に注目せず、短所だけに注目している」ということになります。

自分のことを嫌いになることで、対人関係の中に踏み出さなくて住むようになるからですね。

 

赤面症の女学生

ではここで赤面症に苦しむ女学生を例にして、さらに劣等感についての理解を深めていくことにしましょう。

ある赤面症に苦しむ女学生がました。彼女は赤面症のせいで好きな男性に告白できないと言うのです。彼女は「赤面症さえなければ、彼に告白できるのに!」と苦しんでいるのです。

しかし、これって本当にそうなんでしょうか?

これをアドラーの見方、つまり目的論の立場で見るのであれば、「告白しない」という目的が先にあり、そのために「赤面症という症状をこしらえている」と捉えます。

もしも告白して振られてしまったら自尊心が傷つきかなりのショックを受けてしまいます。そんなショックを受けるくらいならいっそのこと告白しなかれば良いと考えているのです。そのために赤面症という症状を作り出し言い訳にしているということです。

つまり、劣等感を言い訳にして、対人関係で傷つかないようにしているということですね。

 

劣等感はただの思い込み?

アドラー心理学

ここで劣等性れっとうせい「劣等感」について解説していこうと思います。

劣等性とは、
実際に何かが欠けていたり、足りないというような客観的な事実です。

たとえば、生まれつき視力が悪かったり、心臓が弱かったりなどです。

劣等感とは、
ただの思い込みであり、自分で変容可能な主観的な解釈です。

たとえば、身長が低いことや、顔がカッコ良くない可愛くないなどです。

 

163センチは劣等性?劣等感?

僕の身長は163センチです。中学・高校・大学さらには社会人になってからもずっとこの身長が嫌で仕方がありませんでした。

僕はこの身長を理由に「女性にモテない・・・」とずっと思っていたのです。つまりこの身長を劣等性だと勘違いしていたのです。

しかしこのようなビジネスの仕事をしていると周りのビジネスパートナーから「大谷はその身長だから相談しやすいし、親みやすいんだよ」と言われた時に「はっ!」と思ったのです。

一見マイナスだと思うこの163センチの身長も、別の角度から見れば立派な長所となりうるということを知ったのです。悪い言い方をすればただの勘違いですが、僕はそこに主観的な価値を与えたのです。

それと同時に僕がなぜ今まで身長を気にしていたのかも理解できました。それは「対人関係で傷つくことをことさらに恐れていたから」です。

 

劣等感は悪いもの?

アドラー心理学

では僕たちが社会で生きていく上で必ずと言ってもいいほど抱く劣等感は悪いものなのでしょうか?

先に結論を言うと、
そんなことありません!

むしろ劣等感があるからこそ、僕たちは向上しようとしたり、理想の状態を手にしようとするのです。

 

優越性の追求とは?

僕たちは生まれながらにして、「向上したい!」「理想の状態を手にしたい!」と思う優越性の追求という欲求を持っています。

生得的にこの優越性の追求があるから、赤ちゃんはやがて立てるようになり、言語を習得して会話ができるようになるのです。

実はここには劣等感も深く関わっており、人間は生まれながらにして劣等感を持っているとも言えます。周りの大人たちは立っているのに自分は立てないし、楽しそうに会話しているところに参加することができません。

つまり

優越性の追求劣等感も上手く使うことができれば、成長の促進剤となるのです。

 

劣等感を言い訳に使う?

アドラー心理学

先ほどもお伝えした通り、劣等感はそれ自体悪いものではなく、成長の促進剤になり得る人間の成長に欠かせないものです。

しかし

一歩踏み出す勇気をくじかれた人はこの劣等感をある種の言い訳に使うようになるのです。そうすることで対人関係に踏み出さないように画策します。以下の3つがそれに当たります。

  • 劣等コンプレックス
  • 優越コンプレックス
  • 不幸自慢

 

劣等コンプレックス

劣等コンプレックスを持っている人は、自分の持つ劣等感を言い訳にして、対人関係に踏み出さないようにします。

「僕は顔が悪いから、好きな〇〇ちゃんに告白しても振られるに決まっている・・・」

というように対人関係で傷つくことを恐れます。

このように感じることができれば、それに対する努力をしなくて済むし、傷つかなくて済みます。つまり、一歩踏み出すことによる「不安」よりも、今のままで居続けることの「不満」を選択したということになります。

この状態だとずっと不満を抱いている状態となり、一生幸福を手にすることができなくなってしまいます。

 

優越コンプレックス

優越コンプレックスを持っている人は、劣等コンプレックスでは我慢できず、自分の優越性を誇示しようとします。

「俺って昔、テニスの大会で〜〜」「この時計20万したんだ〜」などと嘘をついたり、とにかく自慢をしまくります。

このように自慢をしないと周りから認めてもらえなくなったり、特別な存在として見てもらえなくなるからです。

この背景には強烈な劣等感が存在します。劣等感を感じており、それをどこかで補填しようと思っているからこそ自慢をしたり、ブランドもので周りを固めたりしてしまうのです。

 

不幸自慢

不幸自慢をする人は、弱さを武器に特別感を得ようとします。

たとえば、

あなたが失恋をしたとして、仲間が「失恋なんてだれでにもあるよ」と励まされたとします。そんな時に「お前に何が分かるんだ!」と言って救いの手を払うようなことをします。

このように自分が不幸な状態でいることで、周りの人たちはまるで腫れ物に触るようにあなたに接してくれますし、あなた自身も特別感を味わえるようになります。

弱さを最大限にひけらかすことで、その特別感を得ようとするのです。

 

正しい劣等感とは?

アドラー心理学

劣等感には2つの種類があります。

1つ目は、「他者」との比較から起こる劣等感

2つ目は、「理想の自分」との比較から起こる劣等感

ではどちらが健康的な劣等感か分かりますか?

正解は2つ目の「理想との自分」との比較から起こる劣等感です。

そうです。アドラーは他者との比較を強く否定しているのです。

なぜなら、他者との比較には「競争」が起こってしまうからです。「競争」が起こってしまうとその先には「勝者」と「敗者」が生まれ最終的に他者のことを「敵」だと見なすライフスタイルを身につけてしまうのです。

そうなると、他者の幸せを喜ぶことができず、他者の喜び=自分の負けであるかのように捉えることにもなりかねません。これでは一生、対人関係の悩みから解放されることはできなくなり、ますます対人関係に踏み出すことができなくなってしまうのです。

しかし

対人関係の軸から「競争」を無くすことができれば他者のことを「仲間」と見なすことができるようになります。そうすると世界は安全な場所であると考えることができるようになり、世界の見え方がまた大きく変わることになるのです。

 

他者を仲間と見なすためには?

アドラー心理学

ではどのようにすれば、対人関係の軸から「競争」を無くし、他者を「仲間」と見なすことができるようになるのでしょうか?

それは「人生のタスク」に立ち向かうことで解決できます。人生のタスク・・・となっている理由としては人間が生きていく上で直面せざるを得ないという理由からそのようになっています。

少し話は変わりますが、アドラー心理学では、行動面心理面において明確な目標を掲げています。

行動面の目標

  • 自立すること
  • 社会と調和して暮らせること

 

精神面の目標

  • 私には能力があるという意識
  • 人々は私の仲間であるという意識

 

これらの目標を達成させるために、先ほどの「人生のタスク」に立ち向かわないといけないということなのです。

では具体的に「人生のタスク」とはなんなのでしょうか?

「人生のタスク」は次の3つから成り立っています。

  • 仕事のタスク(関係)
  • 交友のタスク(関係)
  • 愛のタスク(関係)

これら3つはいづれも対人関係の距離と深さを3つに分けており、あくまでも対人関係がベースにあるということを理解しておいてください。ではそれぞれ解説していきます。

 

仕事のタスク

仕事のタスクとは、あなたの普段の仕事場においての対人関係になります。

仕事のタスクはもっともハードルが低いものになります。

たとえば、

どんな仕事でも一人で完結する仕事はありません。僕の書いているこのブログだってサーバーを管理する会社があり、ドメインを管理する会社があり、さらにこのSEOテンプレートを作ってくれた人たちのおかげでこうしてあなたにブログを読んでもらえているわけです。

つまり

僕たちの仕事は作業としては自己完結型であったとしても(たとえばブログを書く)、全ての仕事は他者の協力があって成立するのです。(分業の関係)

しかし

対人関係の距離と深さから見れば、もしも会社の人間と少しくらい気が合わなかったとしても、協力せざるを得ないという意味において我慢できるし就業時間を過ぎればすぐに他人に戻ることができます。

そういう意味において、仕事のタスクは一番ハードルが低いと言えます。

 

交友のタスク

交友のタスクとは、あなたの周りにいる親友や友人のことです。

交友のタスクは先ほどの仕事のタスクと比べると、少し難易度が高くなります。

それも、交友のタスクに関しては先ほどの仕事のタスクと違い強制力が無いという意味において踏み出すのも深めるのもすごく困難な関係になります。

積極的にこちらから相手を信頼していく姿勢が必要になりますので、それだけ自分のことを受容している必要がありますし、勇気が必要な関係になります。

 

愛のタスク

相手のタスクとは、2種類存在します。

それは「恋愛関係」と「家族関係」です。

この中でも「恋愛関係」は非常に勇気が試されるタスクになります。また別の記事でもお伝えしますが、愛する技術が必要になります。

恋愛において人はなんとかして愛されようとしますが、それは自己中心的性の現れでありそれだといつまで経っても悩みから解放されることはできません。

他者を愛する技術を学び、他者を愛することができれば、それは最終的に幸福にも繋がるとアドラーは言います。(別の機械にしっかり解説していきます)

 

人生のタスクに立ち向かえ!

アドラー心理学

「人生のタスク」に立ち向かうことで他者を「敵」ではなく、「仲間」だと見なすことができるようになるというお話でした。

しかしひとえに人生のタスクに立ち向かえと言っても、そこでは良いことばかりではなく、傷つくこともあります。だから人は「人生のタスク」から逃げようとします。これをアドラーは「人生の嘘」と呼んでいます。

たとえば、

恋愛関係にある人の行動がある日をさかいに許せなくなることがあります。コーヒーをする音も、食べ方も、話し方も全てにおいて許せなくなってきます。

しかし、それは相手が変わったわけではありません。あなたの目的が変わったのです。具体的には「相手のことを嫌いになる」という目的になり、そのために相手の短所ばかりが目につくようになっただけなのです。

このように人は簡単に他者のことを「敵」と見なすこともできますし、それにより「人生のタスク」から逃げることだってできるのです。だからこそ僕たちには人生のタスクに立ち向かうだけの勇気が必要なのです。

 

まとめ

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人は対人関係で傷つくことを恐れています。そのために偽りの劣等感を抱き「人生のタスク」から逃げるライフスタイルを持つようになります。

しかしそれでは他者のことをいつまで経っても「仲間」と見なすことができず、悩みが消え去ることがありません。そのためにも僕たちには「人生のタスク」に立ち向かうための勇気が必要なのです。

また別の記事で勇気を得るための方法についても触れていきますので、ぜひ楽しみにしていただければと思います。本日も最後まで呼んでいただいてありがとうございました!

アドラー心理学