【必読】コミュニケーション力を鍛えないと、不幸になる という話

“オオタニ”
本日は「なぜコミュニケーション力が必要なのか?」という疑問についてお答えして行こうと思います!

先日僕は下記のツイートをしました。

ツイートにもある通り、今回はコミュニケーション力の必要性をアドラー心理学を使ってさらに深掘りして行こうと思います。

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コミュニケーション力が必要なのはなんとなく理解しているが・・・

まずはこのブログ全体の僕の主張をお伝えすると、

コミュニケーション力を上げないと、いつまで幸福な人生を送ることはできないということです。

なぜなら全ての悩みは対人関係の悩みだからです。

 

少し思考実験をしてみようと思うのですが、

たとえば、宇宙の中にただ一人になっている状態を想像してみてください。

するとそこには「衝突」「嫉妬」「競争」「劣等感」「孤独」などが存在しない世界が出来上がります。

上記のような要素が無くなったら、「悩み」は一切なくなると思いませんか?

このように、「悩み」とは「社会」という文脈の中で成り立つものということができます。

人間は母親のお腹の中から産まれた瞬間に、「社会」の一員として迎え入れられ、それと同時に「悩み」を抱え始めることになるということですね。

(ちょっと複雑ですよね・・・)

 

 

劣等感と悩み

ちなみに、僕の身長は163センチで、成人平均男性の身長と比較すると、10センチも低いことになります。

僕は昔からこの身長に劣等感を抱いており、女性と話をしていても「ちっちゃ!まじでキモい!」と思われているのではないか?と常に気にしていました。

(もちろん今では克服しています)

 

ではなぜ僕はこのような「悩み」を抱えていたのでしょうか?

それは「他者」が存在しているからです。

比べる対象がいなければ、劣等感なんて感情は抱かないですからね。

「他者」という比べる対象があるからこそ「あいつは身長も高くてカッコイイのに・・・何で俺は・・・」という負の感情を抱いてしまうのです。

より詳しく理解してもらうために、僕の別の具体例をもう一つご紹介します。

 

競争と悩み

僕は常に人と「競争」するような人生を送ってきました。

たとえば、テストの点数、体育、友達の数などあらゆることに対して他者に競争心を抱いていました。

しかし当たり前の話ではありますが、それらの競争全てに勝てるわけもなく、負けてしまうことも多々ありました。

 

たとえば、テストの点数にしても、頑張って勉強したのにも関わらず、同じクラスのライバルに負けてしまうと、そいつ・・・を全力で嫌いになり、

テストが終わった後も「何でこんなに勉強したのにあいつに負けてしまったんだ・・・」と大きなショックを受けていたのを思い出します。

 

ではなぜこのような「悩み」を抱いていたのでしょうか?

それは「他者」という存在がいたからです。

「競争」も「他者」が存在しない限り起こり得ないということが言えますね。

このようにアドラー心理学の考えである「全ての悩みは対人関係の悩みである」という定義はかなり理にかなっていると言えます。

ということは、「悩み」を少しでも減らすためには、対人関係での「悩み」を減らせば良いわけですよね?

ではそのためにできることって一体なんなのでしょうか?

それがコミュニケーション力の向上なのです。

コミュニケーション力をアップさせることで、対人関係での「悩み」を大きく緩和させることができるようになるのです。

コミュニケーション力無しでも「悩み」がゼロになる?

上記のような話をしているといつもこんな質問をもらいます。

それは「だったら、他者と関わらなければいいんじゃないの?」という質問です。

この質問には「何百回答えてきたことか・・・」ってくらい、答えてきています。笑

確かに論理的に考えたら、このような発想になることも不思議ではありません。

なぜなら「悩み」の元凶が「他者」にあるのであれば、それを断ち切れば「悩み」がなくなるというロジック自体は間違っていないですからね。

 

しかしアドラー心理学では、幸福をこのように定義しています。

「全ての幸福もまた、対人関係の幸福である」と。

つまり、全ての悩みが対人関係の悩みであるからといってそれを避けてしてしまうと、幸福を感じることができなくなってしまうということです。

 

では「全ての幸福もまた対人関係の幸福である」という理由は一体なんなのでしょうか?

それは人間は共同体に所属感を持ち、貢献感を持った時に幸福を感じることができるからです。

ここでのポイントは所属感貢献感です。

 

所属感で安心を手にする

ちょっと文化人類学寄りの話になってしまうのですが、

古代では人間は、社会を形成することで食物連鎖の上に君臨していたという過去があります。

詳しく解説すると、僕たち人間には「空を飛ぶための羽」や「体を守るための硬い甲羅」も「獲物を狩るための鋭い爪」もありません。

そのため、一人で生きて行くことができない存在なのです。

もしも一人で生きていくことを選択しようものなら、すぐに猛獣などに食い殺されてしまうわけです。

 

しかしそんな弱い存在である人間がいまだに子孫を反映し続け、絶滅していないのはなぜなのでしょうか?

それは社会というものを形成して、一人ひとりの弱さを補填し合ったからです。

つまり、一人ではできないことを集団になることで、その力を何十倍、何百倍にも発揮することができるようになったわけですね。

たとえば

数十名で固まってどう猛なサーベルタイガーを狩ったり、子育てをする人や武器を作る人というように役割を分担することで、時間を効率化したりすることができるようになりました。

 

このように社会に所属・・していることは本能的に安心・安全なのです。

だから社会からの孤立に対しては不安・恐怖などの感情を抱くのは、この所属感が脅かされているからですね。

 

貢献感で幸福を手にする

ここまでの内容で「所属感」に関する幸福についてはなんとなく理解していただけたのではないでしょうか?

しかし本当の幸福は「所属感」だけで感じることはできません。

これにプラスして「貢献感」を持つことも重要なのです。

この「貢献感」も先ほどの本能によるものですが、社会を形成してそこに所属しているだけでは、その社会はいつか滅びてしまうでしょう。

なぜなら、弱い存在がただ集まっているだけだからです。

 

だから命をつなぎとめるために所属する社会を機能させなければならないのですが、そのために必要なのが「貢献感」なのです。

他者に貢献するということは他者に対して、そして社会に対してメリットとなる活動をすることをさします。

そして「社会に役に立てた」という喜びを得ることができるようになるのです。

 

たとえば、社会のために命がけで狩りに出かけたり、彼らに対して手先が器用な人が殺傷能力の高い武器を作ったり、子供がすくすく育つために美味しい料理を作ったり

このように誰かに対して貢献したいという欲求を生得的に持っているからこそ、人間は今もなお生き続けることができているわけです。

コミュニケーション力を鍛える

今回の内容を少しまとめて終わりにしようと思います。

アドラー心理学では「悩み」を「全ての悩みは対人関係の悩みである」と定義しています。

だから、もしも「悩み」から解放されたいと望むのであれば「コミュニケーション力を鍛えましょう!」ということを前半にお伝えしました。

 

そして後半では、「悩み」から解放されるために対人関係を避けようとしてもそれは意味がないというお話もしました。

なぜなら「全ての幸福もまた対人関係の幸福である」からです。

 

このように2つの理由によってコミュニケーション力を上げることの重要性を説明してきたのですが、ここまでの内容を見て「コミュニケーション力を上げたい!」と感じてもらえたら幸いです。

もしもそのように望まれる方は下記の「あっという間に信頼を獲得できる方程式」という記事を参考にしていただければと思います。

ここにコミュニケーション力を上げる全てが詰まっていますので、ぜひ何度も読み返してもらえればと思います。

あと本日は岸見一郎さん著の『嫌われる勇気』を参考文献として引用させていただきましたが、

もしもアドラー心理学にご興味がある方はこちらも合わせて、ご確認していただければと思います。